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2014年1月26日 - 2014年2月1日の3件の記事

2014年1月31日 (金)

ひろしまドリミネーション(12月中旬)

ということで、暗くなってから、ひろしまドリミネーションを見に行きました。

詳しくはこちらです。
http://www.dreamination.com/

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開催概要のページには以下のような情報が載っています。。

(1)実施内容
「おとぎの国」をコンセプトに、平和大通りやアリスガーデンなど市内中心部で、約140万球の色とりどりの光でライトアップを展開する
(2)開催期間・点灯時間
① 開催期間 平成25年11月17日(日)~平成26年1月3日(金)(48日間)
② 点灯時間 17時30分~22時30分
(3)実施エリア
①平和大通り南北緑地帯(平和大橋東詰め~田中町交差点 )
②並木通り・金座街・中央通・本通・中の棚の各商店街
③アリスガーデン・東新天地公共広場・元安川左岸・京橋川右岸の公共空間
④基町クレド・紙屋町シャレオ、白島キューガーデン、広島県立総合体育館などの施設

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私たちは、広島市の100m道路、平和大通り沿いを17時半くらいから1時間くらい歩きました。

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神戸のルミナリエは「見上げる」イメージですが、こちらは、イルミネーションに「入る」イメージです。

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いくつか写真を載せますね。

テーマは、「おとぎの国」なので、メルヘンチックな親しみのあるイルミネーションが続いていて、原爆記念資料館観覧後、精神的に疲れ切っていたにもかかわらず、つい微笑んでしまいます。

このイルミネーションのサイトはそれほど混んでいませんでした。(お子さん連れでもお子さんが人ごみに紛れてはぐれてしまうということはないと思います。)暗いので、お子さんを見失わないように気を付けたほうがいいですが…

カップル・家族連れで記念写真を撮るのに良い場所だと思いました。

Dsc07010

あちらこちらに記念写真を撮るのに向いているような場所があります。

よく考えられていると思いました。

Dsc07012


ルミナリエなどと比べて小さいので、写真におさめやすいです。

Dsc07014



下の写真には気球のようなものがみえますが、この籠(バスケットかな?)のなかに入って記念写真を撮ることができます。


Dsc07015

ルミナリエの時より、たくさん記念写真が撮れました。


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広島は県の花も県の木ももみじだそうです。(「花も…?」とちょっと不思議でしたが。)

参考:http://hiroshima-mall.com/fes/momiji.html
「広島ともみじ」と題された文章です。

Dsc07025



身近にあるイルミネーション、大満足でした。

めったにないくらい、記念写真がたくさん撮れました。




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お子さん連れやカップルなど、「冬っぽくてロマンチックな記念写真を撮りたい!」という方にはすごくおすすめです。こどもたちは、はしゃいで、光のアーチを通り抜けたりして楽しんでいました。たぶん、ルミナリエよりも子供たちには意味が分かりやすいかも、と思いました。イルミネーションを見ていて、会話になりやすいというか…
(それから、こちらは道路のそばですが、道路が広いせいか、東京などに比べて交通量が少ないような気がします。)

阪神淡路大震災が1985年、広島への原爆投下が1945年、ふと、何か感じましたが…よくわかりません。

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この後、夕食をとってから、神戸に戻りました。(夕食をいただいたお店はすごく良かったlovelygoodのですが、隠れ家的なところなので、宣伝NGのようなのですよ。ですので、名前は出せません…)

次は、名古屋です・・・(写真がなかったかも…^^;どうしましょう。)

2014年1月29日 (水)

広島(12月中旬)

ということで…

平和記念公園にはたくさんの学生(生徒)さんたちと外国人がいました。
外国人観光客に英語で質問をしている生徒さんたちが何人かいました。
手に紙を持っていたので、たぶん、学校の課題か何かで「外国人に感想を聞く」というのでしょうか。
しかし、外国人がみな英語を(わかりやすく)話してくれればいいですけれど…
私たちに向かって、何を間違えたか、「ハロー」と言ってきた生徒さんがいたので、「ハロゥ」とこたえておきましたが…知らない人がみんな外国人だとは限りません…
広島平和記念資料館です。

サイトはこちら。詳しくいろいろ載っています。

http://www.pcf.city.hiroshima.jp/



Dsc06993_2



ともかく中は広く、見るものがたくさんあります。
二時間半で見学の予定を組む人が多い感じですが、実際には三時間超を見積もっていたほうがいいと思います。

最初の部分は政治的な話で、グローバルな視点での話が進みますが、徐々に個々人の話になり、最後に科学的な話も交えて…という感じです(私の印象)。くわしくは、バーチャルツアーをご覧ください。(http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/index.html)
展示はなかなか良くできていると思います。

初めのセクションあたりでは、わいわいがやがや楽し気な子供たちが最後のころには涙目になります。なかには、途中のセクションを見ずに、出口に向かって一直線に行ってしまう男の子もいました。大人のかたもほとんどみな目が真っ赤でした。涙をぬぐうものやティシュなどは必携かな、と思います。(私も年のせいかだいぶ涙もろくなりました。)
途中にミュージアムショップがあり、そこで結構時間をかけていろいろ本など見る人が多いようです。私は岩崎ちひろ先生の絵が印象的な「わたしがちいさかったときに」(http://www.chihiro.jp/chihiro/hope/ehon/index2.html) を買いました。原爆関係の本で(たぶん)私が初めて読んだ本です。
また、トイレは多少(かなり?)混むようです。 私たちが行ったときに、たまたま、だったのかもしれませんが。


暗いので、写真の質があまり良くないのですけれど、抗議文の写真を。原爆などの実験のたびに送っているそうです。



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外に出ました。閑散としています。


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淡い夕焼け。


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この後、広島市のひろしまドリミネーションを見ることにしました。

くわしくはこちらhttp://www.dreamination.com/

神戸のルミナリエが観賞中心なら、ドリミネーションは参加型、というか、写真撮影にとても向いています。

次回に続きます。




2014年1月27日 (月)

宮島から広島へ(12月中旬)

厳島神社を見た後、あちこち見て回り、もみじ饅頭を買って、再びフェリーで宮島口に戻りました。

もみじ饅頭のあんにはいろいろあって、チョコレート(あん)とか、カスタードクリーム(あん)などあって、こしあん・つぶあんの苦手な人にも大丈夫な感じでした。私は、一番最初に入った店だったので、「藤い屋」で買いました。

広島の原爆ドームあたりに出るのに、広島電鉄(路面電車)に乗りました。
広島電鉄の列車内。

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お昼近かったので、原爆ドームに行く前に、お好み焼きを食べました。
お店は「大昌」(ぐるなびのページです)といい、雑居ビルの二階にあるのですが、ランチがお好み焼きとコーヒー(飲み放題)で550円、お好み焼きとサラダと飲み物、コーヒー、アイスクリームで800円(だったかな、値段が間違っているかも)で、店員さんがとても親切なうえ、お好み焼きがとてもおいしくて、お値段がとてもリーズナブルでした。外国人のお客さんもいて、そのうち外人さんが多く詰めかけそう、なんて思いました。


食事後、原爆ドームに行く前に、爆心地の記念碑によりました。(大昌から原爆ドームに行く途中にあります。)当時も病院だったそうですが、現在も医院でした。(写真はありません…)

ということで、原爆ドームです。

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中には入れません。
竣工年月日(広島県物産陳列館)は1915(大正4)年4月5日だそうです。
もともと広島県物産陳列館として開館し、原爆投下時は広島県産業奨励館だったそうですが、設計者がヤン・レツル(現在のチェコ出身の建築家)という方だそうで、建物はなんとなく欧風な気がします。
広島平和記念資料館のサイトには、以下のような説明が出ていました。
広島県物産陳列館
広島県物産品の販売促進を図る拠点として造られた広島県物産陳列館は、大胆なヨーロッパ風の建物で、県下の物産品の展示・販売のほか、博物館・美術館としての役割も担っていました。その後、広島県立商品陳列所、広島県産業奨励館と改称し、戦争が激しくなった1944(昭和19)年3月には産業奨励館としての業務が廃止され、内務省中国四国土木出張所や広島県地方木材・日本木材広島支社などの統制会社の事務所として使用されていました。
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下の写真は、時代の変遷とともに、原爆ドームとなるまでの説明です。


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周囲の様子です。原爆後、町が再建されたので、整備された町という印象があります。


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橋を渡って、広島平和記念資料館のほうに向かいます。(下の写真)


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遠くに原爆ドーム。


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たくさんの千羽鶴がおさめられている場所。「原爆の子の像」が真ん中に。


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先ほども引用しましたが、広島県平和記念資料館のサイトには
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_16.html
「特記事項」として、以下のような文章がありました。
佐々木禎子さん
2歳の時被爆した佐々木禎子さんは、幸いけがもなく、元気で活発な少女に成長しました。ところが、10年後の小学校6年生の時に突然白血病と診断され、8か月間の闘病生活の後、1955(昭和30)年10月25日に短い生涯を終えました。禎子さんは「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けました。病気を乗りこえ、懸命に生きようとした「サダコ」の物語は、ヒロシマの悲劇の象徴として、日本だけでなく海外でも広く語り継がれています。
子どもたちの運動
禎子さんの死に衝撃を受けた同級生たちは、「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と全国へ呼びかけました。やがて、子どもたちによる募金活動が始まり、全国3,100校余りの生徒と、イギリスなどの国外からの支援により、像を完成しました。
鐘と金色の鶴
塔の内部には、子どもたちの気持ちに感動したノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士の筆による「千羽鶴」、「地に空に平和」の文字が彫られた銅鐸を模した鐘がつられ、その下に金色の鶴がつるされ、風鈴式に音が出るようになっています。(この鐘と鶴は2003(平成15)年に複製されたもので、オリジナルは広島平和記念資料館東館1階ロビーに展示されています。)


金色の鶴(複製なんですね)

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折り鶴台(ブース)の整備
この「原爆の子の像」に捧げられる数多くの折り鶴を雨露から守るため、2002(平成14)年4月に、像の周囲に新たに屋根付きの折り鶴台(ブース)が整備されました。
という説明がありました。


千羽鶴の物語、かなしいですね…

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話が長くなってしまいましたので、続きは次回に…



 

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