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2010年8月1日 - 2010年8月7日の31件の記事

2010年8月 7日 (土)

デルフィニウムが満開です バラ・ユリが咲くかも

デルフィニウムの「マジック・ファウンテンズ」Delphinium (Pieds d'alouette, Larkspur) 'Magic Fontains'が満開です。(これに関しては、7月29日(木)の「ガーデニング・室内植物」カテゴリーに記事「デルフィニウム「マジック・ファウンテンズ」が咲きそうです」があります。)春先には、すっかり姿を隠していたのですが、7月になってすくすくと育ち、8月に入って花が咲きました。嬉しいです。

バラも、8月に入ってやっと幾つかつぼみをつけました。バラが咲くのは今年は遅いです。ここは寒冷地なので、去年は冬にバラに覆いをかけました。そのせいで、覆いを取る前の春先の日光がバラに届かなかったので、花がつきにくいのだと思います。今年の秋は、マルチをして、覆いはかぶせず、雪に守らせたいと思います。近所がそうしていたので。上手くいくことを祈るのみですが…

ユリもつぼみが開きそうなのですが、最近の悪天候(雨と雷と強風)・低気温(10度以下)で、一輪、咲く前に、つぼみが開きかけた状態で、しおれてしまいました。残念です。

雪が降りませんように。

5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾) 覚書

Sというのがあるそうです。整理・整頓・清掃・清潔・躾、というもので、せいり・せいとん・せいそう・せいけつ・しつけをローマ字表記にすると全てSから始まるから、5Sだそうです。

調べてみたら、いろいろなサイトがあります。職場環境改善のために使われる言葉のようですが、この言葉、いろいろな状況で使えそうです。

報連相(ホウレンソウ)

報告・連絡・相談の最初の漢字を取ってつなげた言葉ですが、会社の中で集団活動するときには重要とされることが多いですよね。

私の個人的な経験からですが、仕事だけではなくて、友達関係や友達に近い仕事関係(同僚というより、同業者・関連業者?)の人と、「なんだか、最近、気が合わないな」と思って、会うのが億劫というか気が乗らない気分(でも、関係を断絶するわけにはいかない)のときに、「害のない」「報連相」だけをしようとすると、案外、上手く乗り切れるような気がします。

自分の考えや内々に進めている企画などを話すと、まずいことになることもあるかもしれないですから、あくまでも双方に害のない報連相、一般的な内容の報連相です。例えば、友達だったら、その友達と前回会ったときに話題になった事の続き(報告)、その友達にはまだ話していないけれど、他の人には話してある一般的なこと(例としては、風邪を引いた、エアコンを新しく買った、旅行する予定だ等)を「連絡」、それから答えは出ているのだけれど、相談してもよさそうな一般的な事を「相談」などすると、結構乗り切れるかな、と思います。そして、こちらがこういうことを話すと相手も相手の「報連相」を始めると思うので、それに落ち着いて対応すれば、なんとなく、間が持つ上、(内面ではないにしろ)お互いの事がよくわかって、(表面上は)楽しく過ごせるかな、と思います。相手が自分の相手をしてくれたことに感謝すると良いと思います。気が乗らないときには、自分の感情などをあからさまに表に出さないようほうが良いかも。自分の気が乗っていないときは、相手の気も乗っていないと、「以心伝心」していると考えて慎重になったほうが良いかな、と思います。

そうやっているうちに、距離ができる場合もあれば、ふとした機会にまた心から楽しく話せる関係になる場合もあるかな、と思います。

距離を置く前に、相手のことをあげつらったり、自分の感情を表に出したりすると、相手が「敵」になったときに、辛いかな、と。また、自分にその相手が再び必要になったとき、近寄れなくなるかな、と。相手に、自分の悪いところや弱点を見せる必要はないと思います。相手に、自分を責める・自分の悪評を他人に伝える良い言訳を与える必要はないと思うのです。

まあ、これは、あくまでも、相手に会うのに気が乗らないレベルのときの話ですが…相手に深刻な非がある場合はまた別の考え方があると思いますが…

おばさんの呟きです。

2010年8月 6日 (金)

バラ : 成長はするけれど、花がつかないとき 覚書

バラが咲かないときは、日光不足の場合が多いです。最低一日6時間は日光に当たらせましょう。それから、間違った種類の肥料を与えている可能性があります。窒素が多すぎると、まずいかも。窒素は葉を茂らせる代わりに花を咲かせないので。むしろ、リンとカリウムが多いものを与えたほうが良いと思います。

ということで、まずはバラが植えてある場所とバラに与えている肥料のチェックということでしょうか。

Wyclef Jeanさん ヒップホップ歌手から大統領へ ハイチ

ワイクリフ・ジャン(ジョン???)さん(1969年生まれ)は、アメリカのヒップホップの歌手として知られていますが、ハイチの大統領に立候補するようです。

この方のおじさんが、たしか、アメリカ合衆国のハイチ大使(Raymond Alcide Joseph氏、ウィキペディアによれば2005年から)で、ウィキペディアによると、ワイクリフ・ジャンさん自身は9歳のときにアメリカに移住となっています。彼はアメリカで成長し、音楽活動している上、多分、フランス語は話せないのではなかったかな、と思うのですが(クレオルは話せそうですがというか、話せますよね、確か)。それに、この方、基金(Yéle Haiti)を設立したのは良いけれど、ハイチの大地震の後、集まったお金を自分の音楽活動のほうに一部使ってしまった、というのを聞きました。会計上のミスとのことですが…なにはともあれ、慈善関係にはかなり興味のある方のようです。

ハイチというと、大統領府すら、大地震で壊れてしまい、大統領が飛行場(?でしたよね)に避難していたことや、たしか、大統領がアメリカ合衆国やカナダとの会合に自力で来ることができず、カナダの首相に飛行機を出してもらったようなことを思い出します。

アメリカ育ちでハイチの現実を生きていないヒップホップ歌手の立候補には賛否両論あるようですが、ハイチは貧しい国なので、まずはお金でしょうか。彼が大統領になれば優秀な人が周囲に集まるのでは、と言う人もいるようですね。

ちなみに、ハイチをフランス語読みにすると、アイチになります。愛知県のアイチと同じ発音に聞こえます。

参考にしたサイト

http://en.wikipedia.org/wiki/Wyclef_Jean(英語)

http://fr.wikipedia.org/wiki/Wyclef_Jean (仏語)

ウィキペディアでは、フランス語より英語のほうが詳しいかも。

他 ニュースサイトです。英語での情報が多いです。

ブログを始めて五週目が過ぎました 

ブログを始めて五週目が過ぎ、ブログパーツの使い方やマイリストの使い方がわかってくるようになりました。先々週くらいにアクセス解析の仕方がわかったので、これで、ブログについて大体のところは試した事になるかと思います。(映像・音響関係は私のコンピューターでいろいろやるつもりはまったくありません。写真が載せられればいいかな、くらいです。)先日は、レイアウトが崩れるというハプニングも経験しました。

ブログを通じて新しく知り合いになった方の数も増え、「ポチッと」の数も増えました。「ポチッと」をする前後に、私はだいたい必ずその方のブログを確認するので、ブログを見る時間がさらに増えたような気がします。

今週は、ズボンの選び方についてかければ書きたいな、と思います。私は身長の低い小太り体型なので、ズボン選びは結構苦労しました。たぶん、オーソドックスな事しかかけませんが、昔の私みたいな、体型のせいでズボンをはくのをためらっているような人の背中を押せたら、そういう人のお役に立てたら、と思います。

それから、今週は(も)少し忙しいので、きちんと規則正しくブログを更新できれば良いな、と思っています。怠け心が出ませんように。

みなさんのブログの更新も楽しみにしています。

暑中見舞いから、残暑見舞いに変わる時期とはいえ、まだまだ暑い日が続いています。寝冷えや熱中症などには気をつけて、どうぞ健やかにお過ごし下さい。

それから、今寒い地方にいらっしゃる方々は、どうぞ体を冷やさぬよう、お気をつけて、温かくしてお過ごし下さい。

受験生の方は、夏休みが天王山などと言いますが(古い言い回しかしら)、知性の面だけではなく、身体・心もお大事に。よい結果が出ますように。

きいろひわ

コンピューター・写真がある時代に超写実的な絵を制作する…続き

2010年7月 5日 (月)の「文化・芸術」カテゴリーにある記事「コンピューター・写真がある時代に超写実的な絵を制作する…」の続きですが、あまりにも下らないので、べつに前の記事を参照する必要はないような気がします。カテゴリーは「文化・芸術」ですが、実際は独り言です。

多分、ベンヤミンを私は避けようとしているのですが、この手の話では、ベンヤミンのあの文章は避けようが無いような気がします…どうしましょう。でも、避けちゃえ。難しい話は抜きです。

一部の場所で、とても写実的な作品が、芸術作品として、受けています。写実的ですが、ちゃんと画家のお名前があります。

私はアンドリュー・ワイエスさんの作品が好きです。あの方の作品は写実的です(写実的に見えます)が、作品からその方の視線や世界がわかります。色使い、構成、モチーフ、テーマなどが、その人らしさを表現しています。

私はルネ・マグリットさんの作品が好きです。あの方の作品も、写実的というか、なんというか、ですが、作品は、マグリットさんが私たちに出す質問のような気がします。作品は、マグリットさんらしいと、わかります。(シュールレアリスムの画家ですから、まあ、ということで。)

私はあるブレヒト・デューラーさんも好きですが、あの方の作品は、(科学的に証明できる、正しい)現実の姿とは違っても、私たちがそうではないかと考えるような姿を表現している感じがして、好きです。また、寓意的な意味が豊富で楽しいです。(北方ルネサンス期の画家(?)なので、そういうものだろう、みたいな感じです)

上に挙げた三人の画家の方は、いずれも既に評価の定まっている、ある意味過去の時代に根ざした方たちで、私は、その方たちについて、学ぶ事ができます。だから、あまり悩まないのかもしれません。

写実的というと、なんとなく名前の挙がるノーマン・ロックウェルさんは、ドアノ(?)さんみたいに、計算尽くしているような気がします。どちらの方も昔の方ですが・・・

私は、今の時代を抜け出すことがうまくできないので、写実的過ぎる絵を表現している同時代の画家の方たちについて、過去の時代に根ざしている画家の人たちについてと同じように考える事がなかなかできません。計算しているのだろうけれど、その計算式(?)が見えないというか…

今の時代、なにを求めているのでしょう。どこの(どこで)、だれが、なにをもとめているのでしょうか、かな。

素人ながら、ちょっと考えてしまいます。批評家ではないので、なんともいえないのですが、見る人が写実的な絵を見て「すごい」と思い、そうではない絵よりも上位にその絵を置くということは、なんだろう、コンピューターや写真等の技術にむかって人間にも同等の能力があると言いたいのかしら…その人間は、芸術家であって、技術屋ではないような…「芸術家」の出現はそんなに昔の事ではないので、技術と芸術を分ける必要もないような気はしますが…

個人のアイデンティティ(?)とか、その個人の属する集団のアイデンティティ(?)を表現しやすいのが、芸術作品だと思うのです。もし芸術作品に広告の役割しかなかったらやっぱり寂しいと思うのです。(アンディ・ウォホールの話はちょっと脇にのけときます。)しかも、「これ、誰々さんの作品だ!」とわかってもらえるような作品でなかったらなおさら…

誰の作品であってもかまわない、対象をきちんと写真みたいに表現してあって、何が描かれているかみんなにわかる、表現されている内容に問題はない、飾るのに問題はない、だから良い、は、ちょっと寂しい。

誰の作品かわかる、なんだか愛着が湧く、もっと見たい、この人の作品をもっと見てみたい、できれば自分のものにしたい、そういう感じの作品が私は好きです。

何がなんだか、わからない文章になりました。

森と湖を水彩で表現することについて 自分のための覚書

芸術的でも文化的でもない内容なので、このカテゴリーに入れるのは恥ずかしいですが…

私は森と湖の多い地域に住んでいます。ですから、水彩で自分のいるところを描いてみようとすると森と湖がモチーフ(ときにテーマ)になります。

テクニック的に優れていないので、私は、基本的な技術をつかって森と湖を表現する事が多いです。水面はぼかし、森はぼかしとかすり(かすったような跡?)を使う事が多いです。そして、筆遣いよりはむしろ、色とアクセントと構成で、個性を出します。

色は、湖は青や緑という印象がありますが、日の光を受けると、水面は刻々と色を変えます。そういうのを捉えようとします。また、水面にうつる木の影や空の色なども重要だと思います。

森についても同じで、森というと、緑、ですが、日の光を考慮に入れたり、緑にヴァリエーションを持たせたりします。白樺などがあれば、アクセントになるので、考慮します。

朝霧や夕焼け、などロマンチックなシーンをわざわざ選ぶと、色に幅が出ると思います。

霧を水彩で表現するのは一見すると難しそうですが、スポンジなどを使ったりすればできるのではないかと思います。

何はともあれ、できる範囲ですると楽しいと思います。自分が良いな、と思った瞬間があればそれをとどめられるよう、表現するよう努力すれば良いのではないかな、と・・・

2010年8月 5日 (木)

雑誌が届きました。良かったです。

先日、「雑誌を無料で一冊お送りします。気に入ったら定期購読をお願いします。」というようなお知らせが来たのでお願いしたところ、雑誌ではなく、請求書が届きました。(2010年7月28日 (水)の「日記・コラム・つぶやき」カテゴリーの記事にあります。)

どうなることやら、と様子を見ていたら、昨日、雑誌が届きました。

私が頼んだ時期が、今月号の出る直前だったらしく、私は先月号をいただければ大満足だったのですが、出版社のほうで気を利かせて(?)、わざわざ今月号を送ってくれたようです。

先月号の内容のほうが良かったのですが…(先月号は既に図書館で読みました。切りとりたい記事がありました。メモはとってありますが…)

今月号は図書館に行かないで読むことができるので良いかな、と思うことにします。まだきちんと読んでいないので、きっちり読もうと思います。一見、私の興味と関係ない内容が多くても、どこかに素敵なことが隠れているかもしれないですよね。

ということで、定期購読をしようと思います。雑誌が届いてよかったです。

猫を欠かさない家

昔、新興住宅地(?できてから数十年しかたっていないような住宅街)に「猫屋敷」といわれるお宅があったのですが、猫好きの方がいなくなってからは、普通の家になってしまいました。猫屋敷というと、このように、住人が猫を集めてしまうというイメージがあります。

これもまた昔、田舎で猫をたくさん飼っているお宅がありました。私は、「猫屋敷だね」といったら、母が「そうねえ。あの家は猫を欠かしたことがないからね。」と答えました。「猫を欠かさない家」、そうです、田舎は家制度(みたいなもの?)がまだ残っているので、同じ家に一つの家系の方々が代々住みます。田舎では、昔、どのお宅も大体猫を飼っていたようですが、そのお宅は代々、猫をずっと飼っているそうです。だから、「猫を欠かさない家」…すごいネーミングだと思います。砂糖や塩、味噌などの調味料については「欠かさない」というイメージがありますが、ネコ(猫)を欠かさないとは、思いつかなかったです。それだけ家とネコ(猫)のつながりが強いということでしょうか…

田舎・歴史の長い地域にお住まいの方、近所に「猫を欠かしたことのないお宅」ってありますか。

鳥を見るときの気持ちのあり方

私たちの家の庭には、鳥のためのえさ台が置いてあるので、鳥が朝早くから夕方までひっきりなしに来ます。私は鳥の様子を見て、「今日も頑張ろうね」と自分を励ましています。

ある朝、夫がえさ台に群がる鳥を見ながら言いました。

「一羽は僕が取って、もう一羽はてぃにあげるんだ。」

「!?」(私、びっくりして声が出ない。)

そうです、夫は鳥を見るとき、猫の気持ち(猫の立場)になって見ていたのです。(てぃは夫の両親の家にいる猫です。)

「ぼぉにやってもいいかも。」(ぼぉは夫の両親の家の近所のお宅の猫です。)

「!?」

驚いている私に向かって、夫は、「えさ台の下にじっと隠れて構えていて、一羽ずつ捕まえるんだよ、バサッ、バサッとね」と、言いました。

「そうねぇ、猫など見たら、鳥の中には驚いて身動きができなくなるものもいるでしょうね。」と答えましたが…

見方によって、鳥の観察は、いろいろな意味で面白くなりそうです。

2010年8月 4日 (水)

Les Doux Cactus 日本語で歌うバンド ケベック

ウィキペディアにはまだ情報はありませんが、ホームページ(日本語でもあります)もありますし、日本語での記事も数多くあるので、別に私がわざわざ追加するほどの事もありませんが、ラジオで変な日本語の歌をたまに聞くことがあって、「なんだろう」と思って調べた事があったので、それを基に書きます。ケベックの人・ケベッコワ・ケベコワ(特にモンレアルの人)に、知っているかどうか尋ねられることが多いので、そちら方面に行かれる方は知っておくと良いかもしれません。

レ・ドゥ・カクトゥス(甘いサボテンか、柔らかなサボテンか、そんな意味だと思います)は2006年に結成されたカナダ・ケベック州フランス語話者のバンドです。モンレアルでよく知られているので、モンレアルのバンドかな、と思います。いろいろなサイトを見るとカナダ人と書いてあるものやケベコワと書いてあるものがあるのですが、どうなのでしょう。ケベコワとしてのアイデンティティとカナディァンとしてのアイデンティティとどっちが優勢でしょうか。ケベックでは最近「売るなら英語で歌ったほうが」という発想があるようで、英語で歌う人が多いようですが、日本語をわざわざ選ぶというあたり、注目かな、と思います。カナダの西部などで、日本語をやりたい(学びたい・話したい)という人の中にはすくなからずアメリカへの拒絶心(?)が隠れている場合があったりしますよね。どうでしょう。でも、このバンドの曲には英語の題名のものがあります…

日本人の方が翻訳をしているようですが、バンドのほうで歌詞を英語に訳しているようですね。翻訳者の方は、モントリオール大学(多分Université de Montréalのことかしら)のDESSに在籍していらっしゃるようなので、フランス語はおできになると思うのですが、バンドの方が「日本人は英語でしか外人とコミュニケーションしない」と思っていらっしゃるのでしたら、残念なような気がします。(もし翻訳者の方がモンレアルで暮らすのに、英語しか使用しない方でしたら、この部分は失礼なコメントになるかもしれません。すみません。)和仏辞典も仏和辞典もこの世にあるのですし、日本の大学で(学校によっては中学校レベルからかしら?)フランス語を学ぶ方は多いはずですし…それでもなぜか、「日本人=日本語・英語」…

何はともあれ、このバンドは、ケベックでも日本でも知られているようです。

バンドのメンバーは四人で、バンドの皆さんのお名前は

ヴァンサン・アメル Vincent Hamel (歌、アップライト・ベース、テレミン)

シャルル・アメルCharles Hamel (ギター、歌)

ジェローム・サン=ジャンJérôme St-Jean (ギター、歌)

シャルル・アンリ・デュケット Charles Henri Duquette (ドラム)

のようです。日本語読みは適当です。ホームページになかったようなので。

シャルルをチャールズなどと読むと、英語読みになるので注意です(笑)。

CDについてはJapanese CountryMSMCD-2826  Hamelman Production 2007)がLes Doux Cactusのホームページで聞けるようです。(私は試していませんが。)

1.HEE HAW!

2. JAPANESE COUNTRY

3. U. F.O.

4. HE’S THE MAN

5. MR.刑事

6. 野獣

7. 愛は人生だ

8. HOLIDAYS

が入っています。

このバンドは、日本に来たこともあるようです。映画「スターシップ・トゥルーパーズ3の曲としてU.F.O.が使用されたそうですね。

いろいろ知りたい方は「Les Doux Cactus」などの言葉で検索をかけてくださいね。

参考にしたサイト

http://www.lesdouxcactus.com

http://wiredvision.jp/blog/takamori/200807/200807250300.html

http://wiredvision.jp/blog/takamori/200807/200808241420.html

http://www.cocomontreal.com/htm/series/people_cactus. html

他にも数多く日本語での記事があると思います。

親子連れの季節になったようです

最近、庭にオオクロムクドリモドキ(英語ではCommon Grackle、フランス語では Quiscale bronzé、学名は Quiscalus quiscula)の親子連れがやってくるようになりました。何組か来るのですが、同じような大きさの親子なのに、子どもが大きく口を開けて、親がえさを口移しで食べさせてくれるのを待っているのが、なんだかおかしいです。

オオクロムクドリモドキは、子どもがいるときはいつもより慎重なようです。昨日は、誰もいないのに、庭に下りず、子ども二羽と大人一羽でじっと庭のフェンスに止まっていました。

今日、私が庭の花(マジック・ファウンテンズが咲きました!)を見ていたら、オオクロムクドリモドキの親と見られる鳥がアメリカナナカマド(かしら?名前不明)の木に止まっていて、あの独特の声(グルィイック?)で鳴きました。「えさを食べに来たんだ」と思って、私が家に入ると、家の樋あたりから、二羽のオオクロムクドリモドキがアメリカナナカマドに飛び移るのが見えました。それから、うるさくなく声が少しして、しばらくしてから庭のえさ台に三羽のオオクロムクドリモドキが来ました。そして、好物の、ピーナツバターと牛脂(?)で鳥のえさを固めたもの(名称不明です)を食べ始めました。

すると、どこからともなく、ホシムクドリ(英語でEuropean Starling、フランスでは Étourneau sansonnet、学名は Sturnus vulgarus)の子どもらしき鳥が来ました。ホシムクドリとオオクロムクドリモドキは、一緒に移動することが多いので、多分、あとをつけてきたのだと思います。みんなで食べていましたが、オオクロムクドリモドキはホシムクドリをちょっと邪魔だと思っているみたいで、追い払おうとしていました。そのあたりで、私が見ているのがわかったら、鳥が緊張するだろうと思ったので、鳥を見るのをやめました。

しばらくしてみたら、オオクロムクドリモドキの子どもが一羽だけでえさを食べていました。食べなれない様子でしたが、ひまわりの種を食べていました。毎回、食べる前にくちばしに挟んで、歩いていたのですが、食べられるかどうか思案していたのかもしれません…親がその場にいなかったので、親に尋ねるわけにもいかないですものね。

2010年8月 3日 (火)

口紅 自分のための覚書

口紅は、自分の唇に塗ってみます。それができない場合は、手の甲に(セロハンテープを手の甲などに張って、かな?)、その上に塗ってみます。口紅選びって、結構、賭けですよね。

唇の色が透けて見えて、奇妙だったら似合っていないと思います。(オレンジ色の口紅は赤紫系の唇に塗られると、変に見えることがあります。また、その逆もありえます。)

顔色が病気っぽく(青白く、または黄色く、または妙に茶色く)見えたら、似合っていないと思います。

唇のひだが強調されているようだったら、口紅を塗る前に、唇を保護するクリーム(いろいろな名称で売られています、チューブ状・リップスティック状のもの(クリーム状のものも?)があるかと思います)などを塗ったほうが良いかも。

唇の周りの欠点(しみのようなもの)が目立つようなら、その口紅を塗るときは、ファンデーションなどでお顔全体をきちんとメイクしたほうが良いかも。

似合わない色の口紅を買ってしまったとき

もし、唇の色が出てしまうようだったら、ファンデーションを唇に薄く塗ってその上に口紅を塗るとごまかせる事が多いようです。

単純に色が似合わないだけなら、重ね塗りということで、グロスなどを上に塗ってみたらどうでしょう。私は口紅を二色重ねた(?)こともありますが…

唇の輪郭が曖昧な場合には、リップペンシルを使うと良いかも。

口紅を塗るときは、リップブラシを使うとむらなく塗れるから良いです。それにくちびるの輪郭もきちんと取れます

唇の大きさ・厚さと色の関係が重要という人もいますが、わたしは、そこまで重要視しなくても、と思います。どうでしょう。重要かしら。

補足:口紅とアイメイクを両方すると結構すごい様相になってしまうことがありますよね。似合う口紅と似合うアイメイクが同じ色系統・伝統的にある色合わせならまだ良いですが、違う場合には、どちらかに重点をおいたほうがいいかと。唇をヌーディーな感じにして、アイメイクをしっかりするとか。

補足:場所によっては、化粧は薄いほうが良い場合があります。その場合は健康に見えるような色のファンデーションと唇が健康に見えるような口紅くらいで良いと思います。

補足:いくら似合うからといっても、会う人を引かせてしまう化粧はどうかと思います。ということで、健康で綺麗に見えることを第一にしたほうがいいかも。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(七)好きな色があるとき

好きな色がある場合には、自分がなぜその色が好きなのか心の中ではっきりさせてから、似合うかどうか、周りに聞いてみましょう。もし周りが似合わないと言ったとしても、もしその色の服を見つけたら試着してみましょう。もしかしたら、似合うかも。

自分のイメージの色と自分に似合う色が合わない場合には、自分のイメージの色と、自分に似合う色のどちらかを選んだほうが良いかも。もしくは、二つの色の架け橋となる色を探し出すとか。自分をより良く表現していると思っている色が本当に自分を表現しているかきちんと確認するのも重要ですが。自分のイメージだと思っている色が、自分に似合わないとしても、着続けることで、自分がその色のイメージに近づける事もあると思います。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(六)丸い体型の場合

丸い体型なのに、膨張色が似合う場合:肌の色によっては、丸い体型(おでぶさんとか、こぶとりさんとか言われる、太っている体型です)の方なのに、太って見える色(黄色とか、オレンジとか、パステルカラーとか)が似合う人がいます。そういう人は、洋服の柄・模様・色の組み合わせや洋服のスタイル・生地で勝負しても良いと思います。太っているからといって、黒っぽい服ばかり着て、顔色が悪く、元気なく見えてもよくありませんし。黒っぽい服が良いなら、自分に似合う色を一色、首周りに持ってくるなどしたらどうかと思います。多少太っているくらいなら(身長から一メートルひいた数に10を足したくらいの体重(キログラム)くらい、例 150センチくらいなら、60キログラムくらい)なら、トップスが似合う色(+やせて見える色)でボトムが痩せて見える色くらいで良いのではないかと思います。もちろん、やせて見える色と似合う色が調和していることが重要ですが。

丸くて病気みたいな様子より、丸くて元気で弾んだ様子のほうが世間様の評判も良いようです。丸くても、似合えばきれいに見えます。丸いかどうかより、綺麗かどうかを判断基準にしましょう♪「痩せている」と「綺麗」は同義語ではありませんから。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(五)

重要:にあわない色の服ばかりが家にある場合、なぜ、その服があるのか、考えるのは重要です。汚れが目立たないから、やせて見えるから、安かったから、などいろいろ理由があるはずです。その理由を大切にしてください。にあわない色の服だからという理由だけで捨てる必要はないと思うし、着ない理由にはならないと思います。にあわなくても、アクセサリーなどを組み合わせる事で綺麗に見せることは十分可能だと思います。また、自分に合わせるのではなくて、服全体が独立した感じできちんとしていれば良いと考えたらどうでしょう。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(四)

自分に似合う色が本当にわからないときは、自分の似合う白から探すと無難かも。ブラウス・シャツなどをトップスを似合う白にすると、ごまかしがきくかも。白というと真っ白ばかり思い浮かべますが、他にも、サンド・ベージュやベージュ、青みがかった白、シルクのような光沢のある白、綿の白、麻の白、化繊の白(?)、生成りの白などいろいろあると思います。白なら失敗しても、(仕事をしている人、出かける用事のある人ならば)使い勝手があるので。汚れるのが心配かもしれないですけれど…でも、あんがい汚れないものです。汚れるとわかっているときには着なければ良いのだし、服の上に作業着のようなもの(エプロンとか)を着れば汚れは防げますし。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(三)

ポイントは、鏡でチェックと自分の目と他人の目をしっかり信じることかと思います。自分の感覚と他人の感覚が違う場合には、服を着るのは自分だからと考えて、自分の感覚を信じたほうが良い場合が多いようです。自分で選んだ色ならば、朝、服を選ぶときにその服を選ぶようですが、自分は納得せずに他人に選んでもらった色だと、いざ手持ちの服から着る服を選ぶときに選ばなくなる傾向があるようです。

服を買うお金がないときには、スカーフ、ストールなどで自分の似合う色を選び、それを首に巻くという手があります。

自分に似合う色ではない色の服ばかりが家にあると気づいた場合、それらの色とうまくあうような自分に似合う色を探し、その色を合わせてコーディネイトします。

同じ明度か、同じ彩度か、同じ色系統といった感じ(変な日本語ですが)で探すと無難かと思います。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(二)

万が一、自分の持っている服の中に、自分に合う色が、自分でも見つからないし、自分の知り合いに頼んでも見つからない場合(は、なかなか無いと思いますが)、自分に似合う色の服を一着くらい持っていても良いと思います。その場合は、買うか、どなたかからか頂くしかないでしょう。他人から無料でいただける場合は少なそうなので、買う場合についてです。

本当は、色見本のような布地を首辺りの肌にあてて、予め自分に似合う色を探しておいて、その後、その色と同じ色の服を選ぶのが良いのでしょうが、田舎にはそんな布地の豊富な場所はないということで。また、洋服屋さんも数が限られているということで。私の状況に合わせて書いています。

服を数多く扱っていて、信頼できそうな店員さんのいる店に、できれば自分と(服のセンスに関して)自分の信頼できる人で、行きます。混雑していないときのほうが良いかもしれません。そのような店のない地域であれば、自分と(服のセンスに関して)自分の信頼できる人で、服が数多く売っている店に行きます。服のセンスに関して信頼できる人がいない場合には、店員のいる洋服店に行きます。そして、そこで、店員さんに頼みつつ、鏡で服を合わせながら、自分に合う色の服を探し出します。信頼できる人に助言を頼むのも忘れずに。

誰も信頼できる人がいない場合

近くの洋服の数の多いお店に行きます。そして、「今日は買わないが、洋服を買う計画があるので下見にきた(どんな洋服があるのか見に来た)」などという言訳などを使って、試着します。そして、自分(と店員さん)の目を信じて、似合う色を探しましょう。これは良い、というものがあれば買って良いと思います。

洋服を買ってしまった場合、洋服は返品できるので、自宅に帰ったら、もう一度、自分の手持ちの服を合わせるなどしながら、試着してみましょう。合わないようだったら返品するという選択もありますので、値札やタグなどは直ぐに外さないように。

服選び 自分に似合う色を見つける方法 自分のための覚書(一)

専門家に見てもらうという方法がありますが、「田舎には専門家はいないなあ」、「専門家の方に会う時間とお金がちょっとねえ」…という方の為に、というか、お金にそれほど余裕がなくて、遠出もできなくて、田舎に住んでいて、洋服は既にある自分のための覚書です。

参考になるサイトかも

http://www.kao.co.jp/blaune/color/index.html

「花王 ブローネ ヘアカラー パーソナルカラー診断」

必要な条件: 明るい場所、普段の自分

必要なもの: 鏡(大きいもの、全身がうつるようなものがあればベター)、自分の手持ちの服

自分の持っている洋服の色チェック。何色系統が手持ちの服に多いか、何色系統が自分に似合うのか確認です。

服の場合

上半身に着るものをより分け、首の辺りにあてて(着てみて)、服と色と肌の色の関係を見ます。顔が明るく、くっきり見える、顔立ちがはっきりする色(の服)があるはずです。ない場合には、他人に見てもらいましょう。服に偏見のない方(例えば、女の子は赤・ピンクを着るべきなどと思っている人は服に偏見があるといえます)なら、誰でも良いと思いますが、自分が信頼できる人、自分の服選びの参考になるような服のセンスの人、自分が見て服のセンスが良いと思われる人ならベターです。

肌色に合う服が見つかったら、それに合う服を、自分の手持ちの服から、選んでいきます。カラーチャート・色見本などインターネットに色について情報がありますが、同じような彩度(鮮やかさ)・同じような明度(明るさ・暗さ)、同系統色のもの同士が合います。無難な選び方になってしまいますが。

白い色にもいろいろありますが(青みがかった白、黄みがかった白など、アイボリーとかいろいろな名称があるようですが)、自分に似合う白がわかった場合には、その白に合わせると選びやすくなるかと思います。

そんな風にしていると、似合う色でコーディネイトしやすくなるかと思います。

手持ちの服で、似合わない色の服があっても悩む事はないと思います。((三)(五)参照)

続きます。

イタリアントマトのソース・スープにもなります 覚書

怠け者料理です。

器具:包丁、まな板、ボウルなど野菜を入れておくもの、鍋(量によってはフライパンでOK)、ねべのふた(アルミホイルでもOK )、さじ状(へら状)のもの、こんろ

野菜:玉葱(たまねぎ)、イタリアントマト、野菜(インゲン、ブロッコリー、ズッキーニ、ピーマン、にんじん、など。火が通りにくいもの、お湯からゆでられないものは予めゆでておいたほうが良いです。)

野菜の量は、玉葱 (中玉2こ) イタリアントマト(10個) 野菜(トマトより少ない(とても少なくてもOK ))くらいかと。ここらへんはご自由にどうぞ。トマトが多いほうが良いです。

野菜は切る前に洗いましょう。

あじつけ: オリーブオイル、砂糖(少し)、好きな調味料(ブイヨン、ガーリック、チリ(唐辛子)の粉、バジル、イタリア料理用スパイスなどお好きにどうぞ)

1 たまねぎを細く切ります。(自分のできる範囲で良いです。)たまねぎを冷蔵庫に入れて冷やしておいたり、たまねぎを繊維に沿って(縦に)切ったりすると、目にしみにくいそうです。

2 鍋に、オリーブオイルが底に広がるくらいいれ、たまねぎを入れ、弱火で炒めます。

ガーリックを入れたいときには、オリーブオイルを入れたときに、ガーリックをいれ、少し温め、ガーリックの色が変わってから、たまねぎを入れます。

注意: ガーリックやチリは多すぎるよりは少ないほうが、失敗したときの害が少ない(味が薄いほうが濃いよりまし)と思うので、多すぎないほうが良いとおもいます。

3イタリアントマトを縦に二つに切った上、さらに横に切るなどして、一口大くらいの大きさにします。

4弱火で炒めたたまねぎが透明になってきたら、そこに3で用意したイタリアントマトを入れて、弱火と中火の間くらいに火加減を調節して、さじ(へら)状のもので、かきまぜつつ、トマトに火が通るようにします。トマトには水分が含まれている上、たまねぎも油で炒められているので、こげる事はないと思いますが、鍋の底からしっかりかき回してください。

5 トマトに火が通り始めたら、火を少し弱くして、吹き零れないようにして、鍋に蓋をします。アルミホイルを載せてもOKです。火を弱火にして良いと思います。

6 鍋を弱火にかけて、20分くらい放っておいても、多分大丈夫ですが、吹き零れていないか確認したり、鍋を底からしっかりかき混ぜたりすると、ベター。トマトに均一に火が通ります。私は、40分くらいは、途中何度かかき混ぜますが、放っておきます。

7 野菜などを入れたい人はこのあたりで野菜の準備をします。野菜を一口大に切り、温かい液体(トマトの煮汁)の中でも火が通るようにしておきます。インゲンやブロッコリー、ズッキーニ、ピーマンは切るだけでたぶん大丈夫ですが、にんじんなどは、切って、レンジでチンしておいたほうがいいかも。

8 トマトが煮えて、鍋にトマトの煮汁がたまりだしたら、砂糖を少し入れます。ブイヨンなど入れたい人はここでどうぞ。チリの粉や、バジルの乾燥した葉やイタリア料理用スパイスなどを入れたい人もここでどうぞ、かな?よくわかりません。私はここで入れてしまうような気がしますが。本当はどこで入れたら良いのだろう…

9 このあと、野菜など(火が通りにくいものから)入れて、鍋をさらに弱火か中火にかけて、味がしみるようにすれば良いと思います。

補足:トマトスープもどきにもなります。スープとして楽しみたいなら、ブイヨンをいれた方が良いと思います。

補足:トマトソースとしてなら、全ての野菜(玉葱、トマトなど含む)を小さめに切ったほうが良いと思いますが、無理して料理が大変になってもつまらないと思います。

2010年8月 2日 (月)

ヘメロカリス、キスゲなど 名前がたくさん… 覚書

ウィキペディアなどを参考にしています。

ヘメロカリス、キスゲ(ユウスゲ)、デイリリー、ゼンテイカ(ニッコウキスゲ)などみんな同じ仲間です。大雑把な言い方だけれど。

見た目が似ているから、どうなんだろうと思ったら、仲間でした。

熊のこと わかる人にはわかる怖い話

私の住んでいるところの近所には熊が住んでいます。多分、数多く住んでいます。

黒くて鼻の周りがベージュ(に見える)の熊です。

この前、車を運転していたら、四頭、小熊が道の脇で遊んでいました。多分、近くに母熊がいるはずです。そこを通り過ぎて二分位したら、今度は小熊が二頭いました。ここにも母熊がいるはずです。

車が故障などしなくて良かったです。子どものいる母熊は怖いですから。

黒い熊でよかったです。グリズリー(ハイイログマ)のほうが怖いですから。

わかる人にはわかる怖い話でした。

鳥は猪突猛進

私たちの庭には野鳥のためにえさ台が置いてあります。ここの鳥は、えさには興味津々ですが、都会の鳥と違って、人間が自分たちのそばにいるのには慣れていません。ですから、私がえさ台を掃除したり、えさ台にえさを載せていたりする間、鳥さんたちは、私たちの庭から離れているか、近くの木や電線から、時には洗濯物を干すコードから、じっと、ときにはキューイキューイとさえずりながら、私のやっていることを見ています。何はともあれ、鳥さんたちは私のそばにはきません。

ところが、たまに、一羽くらい気の早い鳥がえさ台に突っ込んできます。状況はいつもだいたい同じで、他に鳥が近くにいない場合です。「一番乗り!」の気持ちなのでしょうか。えさ台は見えていても、私のことは見えていないらしく、私の背中辺りで、バサッという音がして、そのあとチチチみたいな声が聞こえます。

えさ台の場所を知っているので、周囲をよく確認しないで来るのでしょうけれど、えさ台よりはるかに大きい人間くらいはいるかいないか、しっかり確認してほしいと思います…

怖かった話 そのニ

昔の話です。近所にしらさぎ(白鷺)が数多くいました。ある春の日、のんびりと縁側でお茶を飲みながら本を読んでいたら、奇妙な叫び声と羽ばたきの音とともに、何かが私の家の庭に結構な勢いで落ちてきました。

小さな白鷺と茶色い何か、でした。茶色い何かは、よく見ると、鳥、多分とび(とんび)でした。それが白鷺の首を押さえているのです。小さい白鷺とはいえ、茶色い鳥よりは大きいのですが、それがもがいていて…一回飛び上がったと思ったら、果樹園のほうで再び空中で茶色い鳥に取り押さえられてしまいました。

私は怖くて動けませんでした。

その後果樹園のほうに言ったら白い羽毛だけ地面に残っていました。

ものすごく怖かったです。

怖かった話 その一

昔の話です。近所に雑木林があって、ふくろうがいるといわれていました。

ある日、庭で犬と遊んでいたら、雑木林のほうからものすごい鳥の叫び声のようなものと翼をばたつかせる音が聞こえてきました。

何だろう、と思って上を見ると、カラスが私に向かって突っ込んでくるところでした。からすの顔、怖かったです。黒い翼が私の肩の上あたりを掠めたように感じました。とっさに地面に犬と一緒に伏せると、その後、再び、奇妙な音がしました。見上げたら、空中に茶色い猫の顔が。目の前に。私のほうに突っ込んできました。その後、記憶がありませんが、気がついたら、犬を抱いて地面に突っ伏していました。

多分、あの猫の顔がふくろうの顔だったのだと思います。カラスがふくろうの巣を荒らそうとして、ふくろうが怒って、カラスを追いかけたところにたまたま私が居合わせてしまったのでしょう。

私の犬は、とてもよく番をする犬だったのですが、そのときは「わん」とも言いませんでした。多分、怖かったのだと思います。私の驚愕振りにか、いきなり押さえつけられた事にか、鳥の叫び声と羽ばたきの音にかはわかりませんが…

下らない駄洒落 フランス語

駄洒落だと思います。フランス語が正しいと良いのですけれど、自信はぜんぜん無いです。

Mon père、il est maire. 

「わたしの父は、市(町・村)長です。」は、発音的に、

Mon père, il est mère.

「わたしの父は、母親です」と同じになります。かなり変な文ですが。

下らない…

ちなみに、maireは男性名詞なので、冠詞などをつけたら、こういうことにはなりません。mèreは女性名詞なので。

2010年8月 1日 (日)

変な冗談

Jaws ジョーズ という映画がありました。サメが人を襲う映画です。スティーブン・スピルバーグ監督の作品だったと思います。

フランス語の題は、Les Dents de la mer(レ・ダン・ドゥ・ラ・メェ)、直訳すると、「海の歯」です。

一寸間違えて、Les dents de ma mère(レ・ダン・ドゥ・マ・メェ)なんて言ってしまうと、「私の母親の歯」、「母の歯」になってしまいます。(発音は「ラ」と「マ」だけ違います。)

さあ、どっちが怖いでしょう。海の歯か、母の毒舌か、という感じです。

ちなみにフランス語は結構面白くて、サンスベリアのことを「義理の母の舌 Langue de belle-mère」と言ったりもします。尖っていて、硬そうな葉が義理の母の舌なのかしら…苦笑いです。

私はるぅさん(夫の母なので、私にとっては義理の母になります)から「Langue de belle-mère」をもらいました・・・

ナタリー・シマー(シマール) Nathalie Simard さん 歌手 ケベック

ナタリーではなく、ナタリ・シマー(シマール)さんと書いてもよさそうですが…

ナタリー・シマーさんは、1969年生まれで、ルネ・シマーさんの妹さんです。生まれたのはオルレアン島 L’Île d’Orléans です。1980年代に活躍したアイドル(?)で、子供向けテレビ番組 Le village de Nathalie(ナタリーの村)は大人気だったと思います。日本にも来たことが会ったはずです(1983年)。ウィキペディアによると、日本語で2曲、45回転のレコードに録音したそうで、6年で百万枚売れ、ファンクラブの会員は5万人いたそうです。

幼い頃から人気絶頂の頃(1980年代)まで、プロデューサーのギ・クルチエさんに性的虐待を受けていたそうです。2004年に、ギ・クルチエ Guy Cloutier さんは、42ヶ月の実刑判決を受けました。判決を受けた後しばらくして、ギ・クルチエさんの娘さんのヴェロニク・クルチエ Véronique Cloutier さんが、大晦日の番組で、風刺中心に一年を振り返る番組(Bye Bye)で、ナタリー・シマーさんのことを風刺したので、(ちょっと?)反感を買っていました。ヴェロニク・クルチエさんは、1974年生まれで、ナタリーさんが酷い目にあっているときにかなり近くにいたはずなので、当時はそのようなことは知らなかったとは言いますが、裁判などを通じで知ってしまったのですから、そのあたりは配慮したほうが良かったのではないか、と思います。

ナタリー・シマーさんは現在も週刊誌などの話題になることがあります。容姿が結構変わってしまったので、びっくりなさる方もいるかもしれません。テレビ・ドラマ(「ローラ・カデュゥの小さな世界 le petit monde de Laura Cadieux」)にも女優としてでていたこともあったようです。

2008年に最終コンサートをしたり、その後2009年に性的虐待の被害者のための基金を設立したり、ドミニカ共和国に移住してみたり、その後再び(2009年)、歌手活動を再開してみたり、なかなか活動的です。

過去の嫌な事が続けてメディアに出、他人様の好奇心の的となったのですから、大変なのだろうな、と思います。

参考にしたサイト

http://fr.wikipedia.org/wiki/Nathalie_Simard

ルネ・シマー(シマール) René Simard さん 歌手・司会者など ケベック

日本でよく知られている人なので、検索していただければ、たくさん資料が見つかります。

だから、取り上げる必要はないと思っていたのですが、とりあえず、日本関連で、ケベックというとこの人のようなので…

この方が何年か前に、ラジオ・カナダの「Tout le monde en parle」(直訳すれば「みんなが話題にしている」ですが、話題の人を呼んで語ってもらう番組です。RBOのギ・A ・ルパージュ Guy A. Lepage が司会で、道化役がダニー・トゥルコット(ツルコット)Dany Turcotteです。フランスにあった番組のコンセプトを借りてラジオ・カナダが制作しているようです。)に出たときも、登場するときの曲が日本の曲でした。

この方のラジオ・カナダでの番組は終了している(L’heure de gloire)のですが、その最終回で歌を歌ったのですが、とても上手かったです。家族の皆さんも会場に駆けつけていました。ルネ・シマーさんのお子さんには聴覚障害があるのですが、それを初めて明かしたのが、日本のテレビ番組でした。たぶん、「あの人は今」系の番組だったと思うのですが、ケベックの人たちは、日本のテレビ番組(の内容)を通じて、ルネ・シマーのお子さんについて知る事になったようです。

生まれた年は、1961年で、生まれた場所はケベックのサゲネ(Saguenayのシクチミ(Chicoutimi)ということですが、育ったのはケベック市近くのオルレアン島(L’Île d’Orléans)だと思います。家はあまり裕福ではなかった事はよく知られています。多くの人がルネ・シマーはイル・ドルレアン(オルレアン島)出身だと思っているようです。

妹のナタリー・シマーも歌手などをしていますが、「キャンディ・キャンディ」の主題歌(「そばかす、なんて♪」みたいな歌いだしの有名な曲のフランス語版)を歌っていました。

ルネ・シマーもナタリー・シマーも、プロデューサーのギ・クルチエ(Guy Cloutier)に見出され、子どもスターになったようですが、ナタリー・シマーとギ・クルチエについては、また別の記事で書きます。

ナタリー・シマーの半生について書かれた本(題名Briser le silence, biographieで、 Michel Vastelという人が著者で、出版は2005年のはずです)で、ナタリー・シマーがギ・クルチエに性的虐待を受けていたときに、ルネ・シマーがそれを公にしないようにナタリーに言ったとか、いろいろありましたが、ルネ・シマーはこれを否定しています。

1996年7月にサゲネで大洪水があった後には、ナタリーとレジスとルネの三人で「Mon village」を歌っているようです。

ルネ・シマーは1970年代のスターですが、いまでもいろいろ活動しているようです。フランス語がわかる方でしたら、多分いろいろな情報が簡単に入手できると思います。

以下に参考にしたサイトの一部を載せます。

参考サイト

http://fr.wikipedia.org/wiki/Ren%C3%A9_Simard

http://www.qim.com/artistes/biographie.asp?artistid=239

http://www.radio-canada.ca/nouvelles/societe/2005/11/17/003-Simard-Rene-Vastel.shtml

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